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ポリアモリー 夫婦

ポリアモリーという刺激的な概念

 

 

 

(前回の日記からの続き)

 

 

前回、前々回の日記で書いたように、奥さんの浮気をきっかけにして普段であれば絶対に話せないような事を夫婦で話しあいました。それは心の奥底を曝け出すというような、ある意味で辛い作業だったわけですが、色々と話し終えた後には今まで味わったことがないような大いなる爽快感に包まれているような感じもしました。この話し合いをきっかけにして、僕達夫婦の関係性は、確実にまた新たなステージに入ったように思いました。

 

とはいえ、お互いが話したことを全て受け入れられたわけではもちろんありません。浮気したいというパートナーの欲求をそのまますんなりと受け入れるというのは、そりゃかなり難しいことですからね。でも、理性で普段は抑えてはいるけれど、本質的に持っている欲求を隠さずに曝け出すという行為は、ある一定の意味があると思いました。そのような欲望を抱えながらも、その欲望に振り回されて今まで長年築き上げてきた大切な関係を壊してしまったりしないようにしなければいけない、一番大切なのはその部分だという事を共有できたように思いました。そのように思えるということは、二人とも精神的に成長したというように思います。

 

このようになる以前のことですが、「ポリアモリー 複数の愛を生きる」という本を読んだ事があるんです。

 

本を読むまで「ポリアモリー」という言葉は聞いた事もありませんでした。一般に膾炙している言葉でもまだないので聞いた事がない人も多いと思うんですが、この言葉を訳すると、「複数愛」ということになるようです。

 

「ポリアモリー」はアメリカで現在多くの注目を集めている概念のようなんですね。

 

簡単に言えば、

 

■不倫とも浮気とも違う多様な愛のかたち
■誠実に複数の人を愛するということ

 

ということなんだと思います。

 

 

この現代社会で、恋愛のスタイルといえば「一対一」であるということに、ほとんどの人は疑問を抱くことはありませんよね。それが当たり前であるという共通前提のもとで暮らしているわけです。でもそれって根源的なものなのか。いや、そうではなく、今の社会に適するように人工的に作られただけの概念じゃないのか、そのように考える人が「ポリアモリー(複数愛)」を実践しているんだと思います。そういう人がアメリカで今凄く増えているようなんです。本気で複数の人を愛するという事も十分にあり得ることなんじゃないのか、ということですね。

 

この「ポリアモリー 複数の愛を生きる」という刺激的な本を書いた著者は、「性愛論」「家族研究」を専門にしている社会学の研究者であるようです。ある事がきっかけでポリアモリーに興味を持つようになり、ポリアモリーを実践しているアメリカの知人と生活をしばらく共にしながら、ポリアモリーという考え方は実際にはどのようなものなのか、感じた事をこの本に詳しくまとめたということのようです。

 

著者には以前からこんな問題意識があったようです。「愛は、どんなものであっても、間違いなく人の人生を豊かにする。それならば、男女の一対一の愛(モノガミー)だけでなく、合意にもとづく男女の複数愛の形(ポリアモリー)があってもよいのではないか。」それがポリアモリーに興味を持つ事になり、生活を共にしながら調査しようと思うきっかけになったようですね。

 

ポリアモリーを「浮気」や「二股」、「不倫」と混同する人は多いようです。普通はそう考えてしまいますよね。でもそれは違うようなんです。
ポリアモリーの原則は、「関係を持っている相手には、すべての関係をオープンにする」ということのようなんですね。
それを黙っていれば、私達がよく目にするような、「浮気」「二股」「不倫」などと同じだということですね。

 

「すべての関係をオープンにする」これがポリアモリーの重要なポイントのようです。

 

ポリアモリーを実践している人に、「ポリアモリーを実践していく上で、最も必要なことな何ですか?」と質問してみると、「理性」や「知性」、「コミュニケーション能力」という返答が多かったようです。

 

このような回答から分かるのは、ポリアモリーは、セックス目当てのスワッピング(夫婦交換)などとは違うということですね。性欲を単純に処理する為ではなく、信頼できる相手と長く愛のある関係を維持していきたい、ということなんでしょう。

 

ただ、ポリアモリー実践者にとって大いなる試練があるようです。それは「嫉妬」の感情のようです。

 

それはそうですよね。自分が好きで大切に思っている人が、自分以外の人も愛しているという厳しい事実を受け入れなければならないわけですからね。これは本当に難しいことです。

 

ポリアモリー実践者は、「嫉妬」という感情を、善であるとも悪であるとも単純に考えないようです。
自分が大切に思うパートナーたちとの関係を良いものにしていくために「よりよく活用すべきもの」と捉えているようですね。

 

これを聞いて思い出すのが、ある文化人類学の研究では、「嫉妬」という感情は、ヒトという生物に普遍的なものではなく、文化的・社会的に構築された感情であるようなんですね。

 

 

このようにポリアモリーに関する話を聞いてみると、何だか先進的な愛の形のような気もしてきます。ただ今の世の中で、1対1の純愛などがもてはやされる環境の中で、ポリアモリーという考え方にはものすごく風当たりは強いでしょう。だからそのような社会の中で、ポリアモリーを実践している人というのは、本当に繊細な他者への気遣いや気配りをかかさずに生活しているということのようです。ポリアモリー実践者は、自分が傷つくということや、他者を傷つけてしまうということに、一般のモノガミーの人よりも何倍も鋭敏であることが多いように思えます。

 

「家族」というものを考える場合、モノガミーにはもちろんそれは自明な所与のものであるわけです。逆にポリアモリーにとっての「家族」は、多様な在り方をするわけです。
ただ自然にそこにあるというものではなく、意識して注意深く作っていかなければならないものであるわけです。だから「家族」というものに対する捉え方も繊細にならざるを得ないわけですね。

 

一対一を越える愛という形で他者を受入れ、そして他者と共生するということは、ポリアモリーを実際に行うかどうかは別にして、我々の生を豊かにする何かがあるように思いますね。

 

 

この本を読んでから、自分の中では「ポリアモリー」というものについて色々と考えていました。
ただ奥さんにポリアモリーについて話した事はありませんでした。

 

でも浮気後の話し合いを踏まえて、奥さんにもこの本を読んでもらう事にしました。
そして「ポリアモリー」について、色々と率直に話し合うことにしました。

 

もちろんそれは「ポリアモリー」を受け入れて、二人の関係にも取り入れるということを意味するわけではありません。
お互いにポリアモリーについて納得できる部分と、どうしても違和感が残るという部分があります。

 

でもポリアモリーということについて深く考え、そして話しあうということは、夫婦というあり方を考える上でも、また今後の人生を考えていく上でも、大いなる示唆を与えてくれました。

 

奥さんはちょっとした出来心で、火遊びのような感覚で浮気をしたわけではありませんでした。彼のことを、色んな立場を超えてただ純粋に愛していました。
それは、自分自身や僕というパートナー、そして彼にも大いなる苦悩を与えたことになったわけですが、でもあらゆる意味でそれらの体験は間違いなく人生を豊かにしてくれたと思います。

 

奥さんの他者への接し方は間違いなく変わりました。友達や子供に対する接し方を見ていると、以前よりも間違いなく大らかになっていて許容範囲が広がっているのがよく分かります。
それはイコール、彼女の人間的な魅力が大きく増したということです。

 

ただ、奥さんが今、僕の前に彼を連れてきて、ポリアモリーを実践したいと言われたら、僕はどうすればよいのかよく分かりません。
これからの人生で、そのようなことがもしかしたらあるかもしれません。

 

お互いに深く愛し合っていても、他の人を愛する事は十分にあり得る、それは色んな条件や環境次第ではとても自然なことであって、そういった感情自体はお互いに受け入れるということは共通認識になっているように思います。

 

これは夫婦関係の進化であり深化だと僕は感じているんです。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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